カテゴリー別アーカイブ: 地区いろいろ情報

11月29日午後3時半から、妙高市勤労者研修センターにて役員25名参加で行われました。時節柄、町内会長や区長などが多く、しかも同会では初めての試みであったため、欠席者も目立ちましたが、勉強内容が素晴らしく参加者からは、称賛の声が多く寄せられました。講師は、妙高砂防事務所高橋所長以下2名の職員が担当。最初に、松村順三会長から「期成同盟会発足の経緯について」説明があり、次に「矢代川の現況などについて」5項目「①矢代川流域の状況について(調査状況など)、②矢代川の全体計画に(施設整備など)、③砂防施設の特徴と効果(タイプ別の特徴や効果事例など)、④砂防事務所の今後の事業スケジュール、⑤崩壊の形態について」これらをパワーポイントで説明がありました。特に、「上越地方の大地の成り立ちと過去の災害」では、科学的に分析した説明で興味がありました。  妙高山から流れる水源は、急峻で脆弱な地形を侵食し、これまでに多くの砂防ダムを構築してきましたが、まだまだ、崩壊は続いていて下流域に住んでいる私たちが安心して暮らせるには、今後も整備が必要であると感じたところです。有意義だった勉強会は今後も継続されることを念じています。

10月19日(金)13時~16時30分の間、妙高市文化ホール 大ホールにて開催されました。大会会長の花角新潟県知事があいさつ、副会長の地元入村市長が歓迎あいさつ後、特別来賓として「高円宮久子妃殿下」の特別講演「鳥を通して地球環境を考える バードライフ・インターナショナルの活動」について、約30分貴重な写真などを織り交ぜて、ご講演をいただきました。続いて、工藤夕貴さん(BS NHKプレミアムドラマ「山女日記」主演女優)の特別講演「そこに山があるから~一歩一歩~」と題して、妙高山や火打山に登山した際の魅力などに熱弁をふるって紹介してくれました。続いて、ライチョウ会議議長 中村浩志氏(中村浩志国際鳥類研究所 代表理事)の基調講演「火打山のライチョウの現状と保護の課題」では、地球温暖化でライチョウの生息区域が、年々高山帯にいなかった、キツネやテン、シカやイノシシ、更に背の高いイネ科の植物の繁茂などの侵入で、高山植生の破壊などが進み、絶滅の危機に直面していること。特に近年、火打山の生息数が2018年には、6なわばり15羽と過去最低になっていること。絶滅回避には、早急に対策が必要であること。そのためには、生息観察などを多くのボランティアが必要なこと等の問題提起がありました。最後は、パネルディスカッションが行われました。これまで時間超過があり縮小して開催されました。コーディネーターは中村浩志氏、パネリストは4名で長野康之氏(国際自然環境アウトドア専門学校 専任講師)、ビル ロス氏(ダンシングスノー代表)、小川結衣氏(ライチョウ調査ファンクラブ)、奥山正樹氏(環境省信越自然環境事務所所長)が、それぞれの立場で火打山のライチョウ保護に対する考えを述べられました。  会場には、約1,000人(全国各地からライチョウ保護に関係する人達や、市内各中学生代表など)が熱心に講演を聞いていました。高円宮久子妃殿下が、ご帰京のためご退席される折に、外は土砂降りの雨と大きな雷(開会前は好天でした)が1発轟きました。 印象に残る一日となりました。

9月1日(土)午前10時30分より、同校体育館で式典が挙行されました。入村市長はじめ歴代の校長や地元区長さん等来賓36名(私も)と元教職員18名、現職の教職員や保護者など総勢約100名が参加し、約30分の式典でした。現在の児童生徒数は38名(小学部9名、中学部9名、高等部20名)で、昨年8月29日より廃校となっていました旧斐太南小学校に、市内錦町校舎移転から移転し開校となったものです。40年の歩みでは、昭和35年4月1日・旧三和村美守小学校及び上美中学校にしき学園分校として開校、昭和51年8月1日に旧新井市錦町(旧野田岡寺でしたが、大字名を変更)に移転、平成17年4月1日に合併により妙高市立にしき特別支援学校に変更。その後保護者から高等部設置の要請があり、本来ならば県が開設すべきところ、妙高市がかわって平成22年4月6日に開設したものです。しかし、校舎の老朽化と児童生徒の増加により、校舎の耐震化など問題が起こり、その際、幸いにも旧斐太南小学校区の児童数激減により、廃校となっていた校舎が再活用されたものです。私も、この小学校が母校であり学校存続となって大変うれしく思う一人であります。式典後は、総合支援学校となり新しい校歌を作詞作曲された、市内在住の「歌手・高木いくの」さんによる、記念コンサートが催されました。彼女は、1997年に2ndシングル「片思い」で優先新人賞を受賞された程の有名なポップ歌手とのことでした。午後1時3分から場所を妙高市コミセンで祝賀会が催され、年代の校長が思い思いの話をされ、会を盛り上げてくれました。 久しぶりのブログです。最近は、SNSでの情報発信が中心で、ご無沙汰していますが、機会を見つけてブログを記載します。よろしく。

今年の大会は、新潟県妙高市妙高高原地区の赤倉スキー場、池の平スキー場で2月25日~28日の日程で開催されます。 このスキー競技大会は、愛称を「にいがた妙高はね馬国体」の名称で、また、キャッチコピーを「銀世界 跳ねて 駆けて 輝いて」更に、マスコットキャラクターを「レルヒさん」として、余興に米山知事がレルヒさんの姿で登場するなど、大会成功に関係者一丸となって取り組んでいます。私たち県議の一部は本部役員(尾身孝昭県議、宮崎悦男県議、秋山三枝子県議、佐藤浩雄県議と私)として、県体育協会理事など2月24日(土)午後5時より、妙高市赤倉体育センターで選手団・監督・コーチ等(ジャイアントスラローム34名、クロスカントリー27名、スペシャルジャンプとコンバインド23名)の激励会を行いました。その後、大会本部役員で団結式を行いました。  25日には、午前中は各大会会場にて公式練習があり、午後3時より妙高市文化ホールにて大会開始式が挙行されました。会場の規模(約1千人)から47都道府県の役員と選手代表等限定されましたが、歓迎アトラクションでは、妙高高原地区の「須弥山太鼓と妙高高原中学校マーチングバンド」が披露され式典に華を添えてくれました。選手宣誓は当市出身のジャンプ・コンバインドの「清水亜久里選手」が行いました。明日から競技が開始となりますが、是非とも本県選手に活躍してもらいたいと願っています。

2月11日(日)午後2時より瑞穂会館にて、作林一郎協議会長をはじめ来賓(私を含め15名)や功労者・地元区長など役員総員38名の出席で60周年を祝いました。作林会長は、「昭和の大合併により、上郷村と原通村の一部が旧新井市に合併した際、昭和31年3月1日に5集落(猿橋、長沢原、楡島、東関、大沢新田)の全住民が参加して「瑞穂協議会結成大会」が開催され、瑞穂協議会が誕生した。中学生の頃の思い出として鮮明に記憶している。その後、様々な出来事が起こり時代の流れと共に、この地域も少子高齢化と市街地への移転などで人口減少が続いてきた。それでも現状を何とかしようと、協議会が中心となって、昨年3月に「NPO法人みずほっと」を立ち上げ、住民自らが地域の問題・課題を他力ではなく自力で解決する活動を始めた。」と、あいさつがありました。  役員から、冊子により「瑞穂協議会の60年のあゆみ」が紹介され、6名の方に対し功労者表彰が行われました。引き続きの祝宴では、「NPO法人みずほっと」が地場産品の一つとして製造した「手づくりコンニャク」も披露され、一同大変美味しい。との評判でした。私も美味しかったので、帰りがけに一袋300円のコンニャクを3袋買って帰りました。大変厳しい現状下ではありますが、「地域のこし」に地域一丸となっている姿に賛辞を送りたいと思います。