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20日(土)午後1時30分より、ANAクラウンプラザホテル新潟で、前半は「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト~世界で輝け未来のアスリート~」と題して、講師の広益社団法人日本水泳連盟飛込委員会・副委員長総括 野村 孝路氏が、約1時間にわたり講演されました。野村氏は、平成28年8月のオリンピック(ブラジル・リオデジャネイロ)日本代表コーチを担当された方です。  最初に、スクリーンで古代オリンピックから直近の大会で活躍した日本人選手の映像紹介がありました。続いて2020年に行われる東京大会では、開催国として多くの選手の活躍が期待されていることから、若い世代の中の将来有望選手を発掘し、選抜して強化するため、上記のプロジェクト(「第2期スポーツ基本計画」及び「競技力強化のための今後の支援方針・鈴木プラン」を立ち上げたこと。(公財)日本体育協会は、独立行政法人日本スポーツ振興センターから委託を受け「競技力向上事業」の一環として、全国の有望選手を発掘するため、平成29年から各競技団体と連携して対応しているとのこと。現在、オリンピック競技の拠点県として、本県は水泳(飛込)、埼玉県はボート、山梨県はウエイトリフティング、熊本県はハンドボール、北海道は女子の7人制ラグビー、滋賀県は自転車、高知県は女子のソフトボールとなっています。  野村氏は、オリンピックの目指すところは、「世界中の人達に、夢と感動を与えること。」であり、そのためには、「若い将来ある有望な選手の発掘と育成にかかっている。」とし、国家的なプロジェクトで多くのメダリストを生み出す対応が必要とのことでした。 なぜ、「7競技になったのか。」との答えは、日本が獲得した金メダルは、夏のオリンピックでは合計142個、その内90%近くが、お家芸と言われる「柔道、レスリング、体操、競泳である。2020年の東京オリンピックでは、その他の種目でも金メダリストが獲得できるようにすることが重要なこと。鈴木大地スポーツ庁長官は、「様々な競技があるのにそれを知らない選手が結構いると思う。自分がどの競技に向いているのかわからなかったり、今やっている競技に100%合っていなかったりすることも多いのではないか。そういった選手が選手層の薄い競技に転向することを後押しすれば、いい結果がだせるはずだ。」 と言っています。野村氏は、「今回のプロジェクトに期待するとともに、一人一人の豊かな個性を発掘し、日本のスポーツのすそ野を広げる機会になってほしい。」との思いで、今後とも頑張ってプロジェクトに取組んでいくことを、結びに話をされていました。

 新年あけましておめでとうございます。今年からSNSも活用する予定です。 さて、平成30年元日は、妻と長男で年越し蕎麦を食べることから始まりました。今年は、私が「大字」の区長として、午前10時から始まる新年会を仕切りました。 13戸のうち5名がお神酒を飲まなかったため早めに終了です。 2日目は、夕方までに子供たち夫婦2組と孫3人の10名による、楽しくにぎやかな夕食会となりました。私だけ先に寝ていましたが、夜間、茶の間の賑わいに途中から参加。 久しぶりに子供たちと一杯飲みながらの楽しい一時を過ごしました。2時少し前、孫の泣き声でお開き。  3日目は、長男が昼少し前に車で東京へ、夕方5時ころ次男夫婦と孫2人が帰りました。 賑やかさも束の間。9か月の孫の笑顔とぎこちない行動が、皆を和ませてくれました。 極生寺へ年始参りに行ってきました。  4日目は午前11時より、妙高市主催の「新年を祝う市民の集い」に出席。国会議員や市議、経済界関係者、市民など約350名の参加がありました。冒頭、入村市長より市が目指す「健康都市」に関連した温泉効能活用で、クワオルト全国大会、新井スマートインターの24時間化、ロッテアライリゾートのオープン、全国住み良さランク18位(県内1位)などの成果を披露。植木市議会議長、高鳥修一衆議院議員と私が年頭のあいさつ後、妙高市内の食材(笹寿司、米粉パンなど)や酒蔵(君の井、千代の光、鮎正宗)の日本酒で乾杯。私も久しぶりに、大勢の人達からお神酒を注がれて酔いが回りました。  5日目は、入村市長と県庁(知事や副知事、各部局長など)やネクスコなどへ新年のあいさつ回りをしました。  6日目は、平成29年12月定例会の「議会だより・第36号」の編集打ち合わせを行いました。  7日目は、午前9時より妙高市消防団の「出初式」に出席。市内パレードと賀茂神社、白山神社に安全祈願、その後、文化ホール近くで消防車の放水が行われたが、終始、団員のきびきびした行動が頼もしく感じました。その後、ふれあい会館で式典が行われ、入村市長、植木市議会議長、瀧澤妙高警察署長のあいさつ後、山川消防団長に訓示、私が万歳三唱の音頭で終了。今年は、出動回数が少しでも少ないことを願いました。

5月6日(土)午後3時より、ラマダホテル新潟(新潟市内)で、豊山関の母校・東京農業大学校友会・新潟県支部(山本一成支部長)関係者約100名が参加して、盛大に化粧まわしの贈呈式が行われました。この化粧まわしは、山本支部長など役員を中心に農大OBから、約150名から賛同を得て福岡市にある専門店に作成依頼(新潟県域と稲穂と豊山の名前が刺繍されている)し、本日、豊山関(小柳亮太・23歳)のご両親と時津風部屋親方同席で贈呈式が執り行われました。久しぶりに新潟県から関取が誕生して、会は大盛り上がりでした。過去に本県から関取になった方は17名(当市出身の霜鳳関が最後)とのこと。 山本支部長や親方、来賓の吉田胎内市長、万歳前全農会長等全員が、あいさつでは豊山のしこ名を拝命したことは、素質と期待を込めたものであり、本人も大いに自覚して「しっかりと稽古に励み、精進して頂点を目指す。」と、力強く挨拶していました。私もOBの一人として参加してきました。最後に、全員で名物となっている「大根踊り」で式典が終了となりました。

1月21日(土)午後1時より、ANAクラウンプラザホテル新潟(講演会2F芙蓉・式典3F飛翔)で開催され出席して来ました。300名以上の参加者で会場が満杯でした。記念講演では、ウエイトリフティング競技日本代表女子監督・三宅義行監督(1968年メキシコオリンピック重量挙げフェザー級銅メダリスト)と昨年リオデジャネイロオリンピック ウエイトリフティング競技女子48㎏級銅メダリスト・三宅宏美選手で「親子で目指したオリンピック」と題して約1時間講演がありました。 父でもある監督は、「娘は、競技と縁のないピアノなどを習っている、ごく普通の子供でしたが、中学3学年になって突然ウエイトリフティングをやると言い出して驚いたこと。3か月間練習を続けて様子を見てから決めることなどを約束したが、真剣に取り組んでいることから、目標をオリンピック出場してメダリストになることに切り替え、その時から親子関係を断ち厳しい練習を続けてきた。私の目指すところは「練習はうそをつかない。叱ることよりほめること。楽しいことを優先すること。目標設定を行うこと。」などを指導者として守ってきた。 ストレスのかかる職業だが、結果が出た時の喜びは人に言えないくらいうれしい。」また、宏美選手は「親の姿を見て始めたが、2004年アテネ、2008年北京では参加しただけで成果は得られなかった。しかし、メダリストたちを見ていて、メンタルな部分や練習への取り組み姿勢を学んだ。」「2012年ロンドンオリンピックでは銀メダルを獲得したが無我夢中。日本女子初の快挙となったし親子でのメダル獲得もなしえた喜びもあった。」しかし、「2016年リオオリンピックでは、失敗続きの上腰痛も重なり、予選では最後の一本で8位となるなど厳しい状況となった。本戦でも、監督からこれが成功すればメダルだと言われて2本失敗した。過去にもそんなことがあって嫌な雰囲気の中、奇跡的に最後の一本を挙げ、銅メダルを獲ることができた。2大会続けてのメダル獲得には自分の力だけでなく、監督や家族、関係者のお陰様である。」と言って、最後は2020年東京オリンピックへの抱負を語り終了でした。なお、三宅さん達は新潟県津南町のグリーピア津南で数年前から練習しているとのことでした。 会場からは、話の内容やアスリートとしての生き様、親子関係、指導者と選手の立場などがわかりやすくて大変良かったとの声が多く聞かれました。 記念祝賀式典では馬場潤一郎会長のあいさつに続き、米山県知事、早川県会議長、石崎衆議院議員、塚田参議院議員の来賓あいさつ、三宅親子と久保倉里美選手などに花束贈呈後、鏡割りが行われ祝宴となりました。妙高市からは市体育協会から3名と市職員1名が参加していました。私は乾杯後帰路につきました。

平成29年が始まりました。激変の年になりそうで心配です。早いもので半月が過ぎようとしています。 元日は、午前10時より大字の新年会です。雪のない新年です。全員顔お揃えましたが、新旧交代した世帯も出て少し寂しい思いです。 4日午前11時より、新年を祝う市民の集いに渡邉会長と出席してきました。約250名の参加でしたが、昨年末に糸魚川市中心街で発生した大火災(144世帯消失)やトランプ次期アメリカ大統領による世情不安、米山新知事の県政運営に対する期待などが話題となっていました。隣の上越市ではお神酒が出ないとのことでしたが、当市では地酒など地産地消の振興策としてふるまわれました。 8日午前9時より妙高消防団の出初式がありました。雪のない式典で市内パレードも賀茂神社から白山神社までスムーズに運び、文化ホールの駐車場で放水式、その後、ふれあいホールで式典が行われました。日程も式典会場も今年から変更されたものですが、予定の時間より早く終了しました。午後4時から、大字の才の神が行われました。年男は私だけでした。強風の中、挙行されましたので心配しましたが、消防団がいてくれたお蔭で完全に燃えてホッとしました。今年は、餅やするめをあまり焦がさないで上手に焼くことが出来ました。孫たちが来る予定でしたが、息子の都合でキャンセルされガッカリです。 13日午後6時30分より、ふれあいホールにて妙高JC並びにシニア合同新年を祝う会に出席してきました。約120名が参加し、第42代・中田新理事長の所信表明があり、来賓の市長は上京中で少し遅れるとのことで、私がトップバッターであいさつしましたが、やはり気になることは、トランプ次期大統領の品格と言動による、ナショナリズム台頭が心配で、今後の世界的な不安への備えが大切であることを話題にしました。その後、鏡割りにも参加。折からの大寒波の影響で、式典が始まり前から雪が降り続いていて、早朝除雪の為、酒を控える会員も多くいました。まとめて報告とします。