カテゴリー別アーカイブ: 議員活動

11月12日(火)午後1時半から午後5時過ぎまで、都内都市センターホテルにおいて全国から約500名の議員が参加して開催されました。本県からは10名の参加者です。私も過去に数回参加していましたので懐かしく感じました。  今回の基調講演は、大山礼子(駒澤大学法学部教授)氏で、テーマは「新時代における地方議会のあり方」でした。 冒頭、大山教授は「今日の日本には多くの課題がある。その課題とは(人口減少社会の到来)(グローバル化による地域社会の疲弊)(都市部対地方)(高齢者対若者)(富裕層対貧困層)」などである。 今後は日本でも国民の分断が深刻化する恐れがあり、ますます重要になっている議会だが、地方議会の未来に立ちはだかる2つの暗雲がある。それは、相次いだ議員の不祥事が起因の一つで、「議会不信(定数削減や、手当引き下げなど後ろ向きの提案ばかりが改革の論点になる不幸)」と「なり手不足(住民から住民代表機関として信頼されているか)」である。 目前に迫る日本の危機では、「人口減少・少子高齢化」により、様々な分野で料金が上昇する恐れがある。「消滅危機にある農山村地域の自治体」が増え、集落機能維持が困難になり、低密度化が発生する恐れがある。「長時間労働と低い労働生産性」では、高齢者や女性、若者の労働参加が進まないと労働不足が顕著となる。「老朽化するインフラ」では、今回の度重なる大型台風被害で顕著となったように、急速に老朽化が進む社会資本の中でも、送電設備や水道施設の老朽化が台風被害を拡大している。併せて、巨額を投じて進められている新幹線や高速道路など、新規事業の取り組みへの疑問について積極的な意見を言わない。「公教育の破綻」は、資源の少ない日本では人づくりが最も重要であるのに、現状で乖離があるのではないかなど、このままのやり方を続けていけば、いずれ破綻することが分かっているのに、政策革新できない現状に対する早急な対応が必要で、ここに議会の出番がある。 それには住民から信頼される議会の役割(現状では、信頼されていないが。)が必要で、信頼回復の道筋として、①多様な住民の声を代表すること。②住民の意見を審議に反映すること。③住民と情報を共有することが大切である。 しかし、現状では無投票当選が多く(1人区で多い)、低投票率(選挙運動期間が少ないことや住民との距離感があること)、議員の偏り(なり手がいない)などがあり、議会が代表制を回復するには、選挙制度の見直しも必要になっていると思う。  二元代表制を考えた時、首長は常に住民との接点の機会が多く(直接要望できる)、逆に議員は少ないことも住民との距離(迂回することになる)となっている。 「顔の見える長」と「顔の見えない議会」では、まずは議会の「見える化」が重要とのことでした。  これまでも多くの地方議会では、様々な議会改革(議会基本条例などで)を実行しているが、例えば通年議会の開催だとか、積極的に住民との話し合いの場を設けて課題を共有するなどして成果を上げている議会もあることから参考にしてほしい。との教授の話でした。  教授より、議員の顔が見えない状況をどのようにして議員と住民がコンタクトするかについて、グラスゴー議会HPの事例「議員リストから議員の情報や面会時間の案内をしたり、それぞれの議員に焦点を当てる議会報の提供など」の紹介がありました。 良い仕事をしても、住民に伝わらなければ意味がない。情報「提供」ではなく、「共有」として、報告書の作成・公開をすべきであり、報告書には何を書くべきか?工法にとどまらない「使える」報告書であり、行政情報の共有化、完成した報告書はホームページで公開する。  結びに教授は、「議員力」だけでなく「住民力」の向上も重要で、中学生や高校生、大学などとの連携で。社会教育の場としての議会が大切であり、議会改革を進めていることを住民にアピールすることも大切と言われました。 「議会が変われば、住民も変わる。」その通りと思いました。 次に、5つの分科会に分かれて研修が行われました。 私は妙高市に関連がある「第5分科会・広域観光」を選択しました。ちなみに「第1分科会・議会の透明性の確保」「第2分科会・政策立案機能の強化」「第3分科会・行政監視機能の強化」「第4分科会・住民との関係強化」でした。  「広域観光」では、広島県議会・緒方直之議員が「広島県における観光振興の取り組みについて、~外国人観光客の増加と広域観光振興~」また、三重県議会・東豊議員が「三重県の観光の現状と県の取り組み」について2例の紹介があり、その後、コーディネーターの大正大学地域構想研究所・村橋克則教授の進行で話が進められました。 まず、緒方議員ですが、平成30年度の総観光客数は6,504万人。観光消費額は4,023億円とのこと。「ひろしま」と聞いて何を思い浮かべるか。と尋ねたところ、(国際平和都市、原爆ドーム、宮島、厳島神社、瀬戸内海、広島東洋カープ、お好み焼き、カキ、広島レモン、もみじ饅頭等)でした。訪れる外国人の動向では、1位がアメリカ、以下台湾、オーストラリア、中国、フランスの順。全国では、1位が中国、以下、韓国、台湾、香港、アメリカの順で、欧米が主となっているのが特徴。平成18年に国の観光立国推進基本法が制定され、広島県でも18年12月定例会にて全会一致で可決。条例の中身は「魅力ある観光地の形成、観光産業の競争力の強化、観光人材の育成、国際観光の振興」である。 19年1月1日より施行され、ひろしま観光立県推進基本計画(2018~2022)が策定された。目指す姿は「ひろしまブランド」「せとうちブランド」が、本県経済の成長を支える柱となる。  今回のテーマの広域観光では、「せとうちDMO」が紹介されました。ミッションとして「瀬戸内ブランドの確立による地方創生=地域再生と成長環境の実現」ビジョンとして「リピートによる満足度の向上、観光客数の像、観光消費額の増大、地域への波及効果」を掲げ、これを「一般社団法人 せとうち観光推進機構(7県で構成)」と「株式会社 瀬戸内ブランドコーポレーション(金融機関を中心とした構成)」で連携して取り組んでいる。 せとうちDMOの主な事業は、「インバウンド戦略(デジタルで複数言語対応)」と「魅力的な商品・サービスの創出(クルーズ船事業への支援や空き家古民家にリノベーションによる宿・レストランなどの開業)」、「その他の誘客促進事業(せとうちDMOメンバーズ、瀬戸内ブランド登録制度、デジタルメディアの運営)」などで、訪日外国人延べ宿泊者数を2020年には600万人泊を目標としているとのこと。今後の課題として、「財源と人材」の確保にかかっているとのことでした。  次に、東議員は「三重県は日本の縮図そのもの」と言い、理由は「日本列島のほぼ中央に位置し、北部は商工業が盛んな地域、南部は伊勢志摩国立公園や世界遺産熊野古道などの豊富な地域資源があり、都市機能と豊かな自然とのバランスに富んでいることから、近年、観光消費額や外国人延べ宿泊者数が伸びていて、三重県ならではの「旅(忍者、サイクリング体験、神饌、海女、SUP体験、ミシュランガイド)」の提供に取り組んできた成果と受け止めている。今後とも選ばれ続ける観光地となるための取り組みとして「三重県のブランド力を高めること」「三重県の旅行ブランドを効果的に伝えること」「旅行者の“行動と声”を収集して」徹底的なデジタルマーケッティングを構築することで、持続的に成長する三重県観光を目指すとしています。なお、熊野古道を中心とした広域観光として「東紀州地域(三重県、奈良県、和歌山県)に取り組むこととしています。そのために、「紀伊半島三県議会交流会議」が平成20年度から毎年1回持ち回りで開催されているとのことでした。  これを受けて、村橋教授から「観光(インバウンド)は地方創生の切り札になりうるか?」と題して話がありました。最初に「なぜ今、観光による地方創生か?」に対し、環境や治安など新たな問題が変化する地域の観光のポジションとなり、空き家や古民家などのイノベーションに興味を持つ人たちの交流人口増のメリットに期待があること。また、「観光の経済効果・雇用効果はどのくらいか」に対し、松下幸之助さんは、すでに昭和28年ころ将来は多くの外国人が日本にやってくる時代がくる、と予言されていたそうです。  国の試算では、2020年には150兆円となり、オリンピックが終わっても大丈夫とのことです。それにはマーケッティング戦略(ターゲットとフェーズごとの情報発信、デジタルシフトなどのよる対策が必要。)効果として(プロダクト開発支援の仕組みや海外メディア対策が必要)も必要とのこと。教授は、これまで「せとうちDMO」の委員としてかかわりを持ってこられたことから、これを中心に話を伺いました。最後に、改めて「観光って?」参加者に問いかけていました。以上、報告といたします。

本年4月に執行された県議会議員選挙で、新たに県議となった7名を含む総勢17名が参加して、10月23日~25日の日程で昨年7月の豪雨災害地9か所(愛媛県宇和島市3か所、同松山市2か所、広島県廿日市1か所、同熊野町1か所、同坂町1か所、同呉市1か所)を視察してきました。 この豪雨災害に対する気象庁の被災状況報告では、昨年6月28日~7月8日の間、西日本を中心に全国的に広範囲で記録的な大雨(前線及び台風第7号)により、死者224名、行方不明者8名、負傷者459名、住家全壊6,738棟、半壊10,878棟、一部半壊3,917棟、床上浸水8,567棟、床下浸水21,913棟となったとのことです。 中でも、この間の総降水量が四国地方で1,800ミリ、東海地方で1,200ミリ等記録的な状況となり、これが大災害を引き起こしたものです。 今回の視察か所は、急傾斜地を開拓してミカン栽培を行っていた場所が、土砂崩壊して大打撃を受け、また、平地が少ないため林野を住宅開発した場所が、予想を超える豪雨のため土石流となり住宅を押し流した場所です。1年を経過した現在も、日常生活が脅かされた現場で、県の担当者から災害発生時の様々な出来事や、復旧に取り組んでいる現状について生々しい話を聴取したものです。 2泊3日の強行スケジュールでは、2日目は朝から雨が降り続く中での視察となり、また、最終日の広島県内3か所も広範囲のため、2台の小型バスに分乗しての移動は大変でした。 総じて感じたことを述べますと、宇和島市の災害か所では、急傾斜地を切り開いて降段を造り、そこでミカン栽培をしているとのことで、年間の作業(選定から収穫まで、様々な工程がある)に従事している方の苦労が半端でないことが良く分かりました。しかも栽培従事者の大半が高齢者ですが、ほかに収入の道がなく今後もミカン栽培で生計を立て行く必要性から、県職員の説明では、ミカン栽培農家のためにも早期の復旧を希望しているとのこと。 2日目は、松山市の中心部にある松山城は、城壁はほぼ垂直に近い急峻な地形の上にあって、その一部が豪雨により被災しました。その直下に建物が存在していることから、擁壁が必要となりますが、ここに県や市などが景観に配慮した工法として、自然木など植栽を切ることなく、しかも浸透性の高い土を張り自然に近く、下方のブロックもプラスチックの型枠を使用して、自然石に近い工法を採用したとのことでした。 船で移動して、宮島(厳島神社の真裏と隣接している谷)を視察しました。ここは今から74年目の昭和20年の大災害で、壊滅的な被害を受けた狭隘で急伸な渓谷でした。その際、住民の総意で「神の島」を安易にコンクリートなどで、復旧しないことを話し合いで決定して、復旧に際しては全て現場にあるものを使用すること。(石は絶対に割らないこと。木を一本の切らないでそのまま使用すること。そのために土木作業ではなく造園業に委託。手間暇を惜しまずに、しかも土砂や水の流れを弱めるために、谷の状況を配慮しながら狭めたり広くするなど工夫が随所にみられる。)結果、この渓谷は紅葉谷公園となり、11月にはこれを見に来る観光客で大盛況とのこと。今回の被災渓谷は、白糸川で紅葉谷渓谷と同様の形式で復旧中とのことでした。広島県の砂防課担当者から、景観と文化財保護の観点に配慮が必要であることを教えていただきました。 広島県市の熊野町や坂町などでも、平地が少ないために山林を開拓して造成された宅地ですが、急峻な渓谷から一気に土石流が住宅に流れてきて被害が拡大したとのことでした。 その際、車で避難中に巻き込まれて死亡した方がいたとのこと。避難する際の情報伝達と日頃からの意識啓発、防災訓練などが大変重要とのことでした。 今回の視察で特に感じたことは、宇和島市でも同様の話でしたが、場所によっては1年経過しているのに災害復旧が進んでいないことに疑問を感じました。 県担当者に質問して分かったことは、大きな理由の一つに、被災か所の大半が山林や荒れ地などで、所有者の関心が薄く所有地の地境が不明なこと。また、共有地が多く、しかも大半が未相続のため登記上に問題があり、土地買収ができず工事遅延の大きな理由とのこと。   担当者の話では、災害がある度に問題となることから、国土計画策定の必要性を話していました。本県でも国土計画未着手の市町村が大半ではないでしょうか。実施するには大きな問題もありますが、今後の災害対応がスムーズに実施されるためにも再考が必要と感じました。 以上は、今回の報告書は個人的なものであり、後日、正式に研究会報告書として詳細な報告書が策定されます。

平成30年9月10日(月)~14日(金)の日程で、香港とタイを訪問しました。 団長は岩村良一副議長、他9名(自民党6名、未来にいがた2名、無所属1名)と事務局から2名、通訳兼添乗員1名のメンバーです。   初日と最終日は移動日となります。実質3日間で進出企業や領事館などを訪問しました。 香港では、11日は「久保田米業」「在香港日本国総領事館表敬訪問」「インベスト香港」12日は「JNTO香港事務所」を訪問し、本県とかかわりのある「新潟米」や「日本酒」等の県産品輸出の現状と将来性について、また、香港の総人口約740万人のうち、毎年訪日する人が「約220万人」に達し、中でも10回以上のリピーターがいるとのこと。残念ながら、本県も輸出やビジネス、観光誘客に力を入れているが、他県に比較して最低クラスの実績であり、特に西日本に対し大きく差を広げられていることが明確に判明しました。 世界各国から、毎年香港へ約5,000万人以上が訪れるとのこと。更に、ここに来て、中国との間で高速鉄道が結ばれ、マカオとは橋で結ばれるなど大幅に時間短縮されることから、今後一層人との交流が増えて、観光やビジネスなどに期待が持てることを肌で感じたところです。  訪問での感想ですが、空港から市街地への移動の際、車中から見る景色では林立する高層ビル群、おびただしい自動車の大半が日本車で、しかも殆ど小型車は見られず高級車ばかり。港には、数多くの船とガントリークレーンが林立し活力を感じました。  注目すべきは、建築中の工事現場で使用されている足場は、全て孟宗竹でした。これで高層ビル建設をするなど日本では考えられないことです。 また、食文化の違いで殆どが外食で、しかも冷たい食品を好まないそうです。久保田米業では、これまでの輸入米は香港人の口に合わず敬遠されていたそうですが、現地で精米することにより食味も良好で、最近は、日本食ブームとおにぎりが人気とのことでした。イベントでは、日本酒の酒の陣に大勢の人たちが集まるそうです。  意見交換では、訪日のリピーターの大半が都会志向から田舎志向に変わっていて、その中でも移動手段はレンターカー利用者で、レンターカー会社に本県の観光などのパンフを置くことも必要とのことでした。また、中国への進出を計画しているのであれば、香港経由が有利とのこと。利益の日本への持ち込みが認められているそうです。  タイに異動して、「タイ福田組」「エンドウタイ」「JNTO事務所」「JETRO事務所」を訪問し、本県から進出している「福田組」と「遠藤製作所」などから、進出の経過と現状、今後の対応をお聞きしました。  空港から市街地に向かう高速道路は、片道5車線と広く、ここでも大半が日本車でした。市街地に入るとバイクも多く、しかもオレンジ色のチョッキを着ているバイクは、後ろに人を乗せて走るタクシーでした。大混雑の狭い中を巧みにすり抜けて走る技量にはビックリです。道路の歩道上では、所狭しと屋台が出ていて大勢の人達が食事をしていました。申し訳ないけれど、不衛生な感じでとても食べる気がおきません。交通信号も横断歩道もありますが、無視する人が慣れていない多く、日本人には危険で無理だと現地案内人が言っていました。また、犬やトカゲは宗教の関係で殺傷してはいけないそうです。  市街地には、至る所で電線が何十本も束になっていて、多くは盗電とのことでした。これも危険極まりないと思いますが、一方では金融や貿易、企業進出、観光産業などが活発で、今やシンガポールを上回る状況で、そのギャップが理解できない事でした。但し、バンコク周辺は土地も人件費も進出メリットが無くなりつつあり、訪問先での話では、今後は地方への展開となるとのことでした。  今回は2か国の訪問で感じたことは、これまでの本県の対外関係では、主に北東アジアもしくは東南アジアに主力を置いた展開でしたが、今後は、東アジアへのシフトも大切であり、戦略の練り直しと人的交流による情報交換が不可欠だと思いました。  最後に、今回の訪問日程は大変厳しく、初日は香港着が真夜中となり、翌日からの訪問先も移動時間が長く、最後の日も早朝4時にホテルを出発するなど、体力勝負の内容でしたが、日本と外国の違いを体験できた貴重な時間を、今後の県政に活かせるよう努力していくつもりで、私の報告とします。なお、私はSNSでも一部報告済みですが、詳細は報告書として作成されますので、後日拝見していただきたいと存じます。

日 時:平成30年4月20日(金) 場 所:ザ・プリンス パークタワー東京 地下2階「ポールルーム」 出席者:自民党所属都道府県議会議員、政令指定都市議員連絡協議会代表     総勢 約600名  この日の東京は真夏日。新幹線の到着時間が早かったので、浜松町駅から当会場まで歩いたが大変だった。(案内状では、会場まで徒歩で12分が倍以上かかった。) 受付を済まして会場に入ったが、全て自由席となっていて、新潟県議会議員を探したが余りにも広いため、何処に誰がいるのか確認できなかった。幸いにして松原良道県議を見つけ隣の席に着いた。富樫一成県議も近くにいたが他の県議は不明。  研修会は、最初に開会の目的などオリエンテーションで、萩生田光一幹事長代理があいさつされる。  冒頭、今国会で問題となっている様々な問題に触れ、「国会議員並びに行政府は、国民の信頼を損ねる事態に対し真摯に受け止め、徹底した問題の検証と再発防止に全力で取り組んでいく。国会議員が今日あるのは、常日頃から地元の人達と密接な活動している地方議員のおかげであることを、改めて認識する必要がある。安倍総理から本日の研修を十分意義あるものにするよう指示があった。」と、あいさつを兼ねて趣旨を説明された。 続いて、二階俊博幹事長、岸田文雄政務調査会長、橋本聖子参議院議員会長が、今国会における行政府の公文書書き換え問題などについて、主催者代表として問題処理や対応などの説明がありました。 その後、第1講座では「憲法改正」に関すること。第2講座では、4つの分科会(①働き改革 ②生産性革命・人づくり改革 ③地方創生 ④外交・安全保障)に分かれて研修が行われました。私は、③地方創生の分科会に参加しました。  第1講座の憲法改正では、細田博之・憲法改正推進本部長から「憲法改正に関する議論の状況」について説明がありました。要旨は、「自由民主党における憲法議論の経過(日本国憲法は、昨年5月3日で施行70周年を迎えた。この間、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の基本原則が定着し、国民の福祉、国家の発展に大きな役割を果たしてきた。しかし、70年の歴史の中で国内外の環境が大きく変化していることから、今日の状況に対応するための改正すべき項目や追加すべき項目も考える必要が生じてきた。こうした知見や議論を踏まえ、国民に問うにふさわしいテーマとして、①安全保障に関わる「自衛隊」、②統治機構のあり方に関する「緊急事態」、③一票の格差と地域の民意反映が問われる「合区解消・地方公共団体」、④国家百年の計たる「教育充実」の4つを取り上げ、優先的な検討事項とした。平成29年6月から、これら4項目について憲法改正推進本部会議を約20回開催し、精力的に議論を進めてきた。  このような基本姿勢の下、憲法改正推進本部では昨年12月20日、それまでに集積された知見や議論を整理し、中間報告として(憲法改正に関する論点とりまとめ)を発表した。さらに今年に入り、精力的に議論を重ね「条文イメージ(たたき台素案)」を決定した。  今後、衆議院憲法調査会や各党、有権者などの意見を踏まえ、具体的条文案の完成を目指すことになる。」との内容でした。 なお、関連して中谷元・憲法改正推進本部長代理が「自衛隊の明記」と「緊急事態」について、根本匠・憲法改正推進本部事務総長が「合区解消・地方公共団体」について、岡田直樹・憲法改正推進本部事務局長(第1講座の進行役を兼ねて)が「教育充実」についてそれぞれ資料に基づいて経過説明がありました。  休憩を挟んで、第2講座の4分科会が行われました。私は「地方創生」の分科会に参加しました。 最初に、河村建夫・地方創生実行統合本部長から、本題の主旨と審議中の経過や課題などについて詳細な説明がありました。要約しますと、1、人口をめぐる3つの課題・強い危機意識に基づく地方創世の取組・として、(1)長期にわたる人口減少(2)いびつな人口構成=少子化・高齢化(3)止まらぬ人口偏在=東京一極集中では、2008年の12,808万人(高齢化率22.1%)をピークに我が国は年々人口減少が続き、長期的推移では、2050年には10,192万人(高齢化率37.7%)の推計予測となる。 先進国の中でも、日本は他国に比べて大幅な人口減少が進行する。日本の出生率・出生数の推移でも、出生数では1970年代半ばから長期的に減少し、2016年には100万人割れが起きている。合計特殊出生率は、人口置換水準の2.07を下回る状態が、1975年以降、約40年間続いている状態。このような中、三大都市圏・地方圏の人口推移では、地方から大都市への人口移動が生じ、特に1980年代以降は東京圏に流入している。2017年では、東京圏(+12.0万人)、名古屋圏(-0.5万人)、大阪圏(-0.9万人)、地方圏(-10.6万人)となっている。 2、人口減少、少子化・高齢化、東京一極集中がもたらす地方への影響として、3つの課題①急激な人口減少、②異次元の少子化・高齢化の進展、③東京一極集中の進行があり、①では、国民生活への影響として、地域コミュニティの維持・の全への悪影響や生活上の買い物などの不便、高齢者の孤立化・無縁化など、②では、社会基盤・システムへの影響として、国土の維持・保全の困難化、交通・生活インフラの維持管理の困難化、大都市集中に伴う災害リスクの増大など、③では、産業・雇用への影響として、需要の減少、企業の退出・生産拠点の海外移転などによる雇用・所得の縮小、税収の減少などが課題となる。 3、地方創生の取組の推進として、(1)地方創生の枠組みと政策の全体像(2)最近の取り組み事例などが紹介されました。その後、会場から幾つか質問がありましたが、明快な回答がなく、今後の協議の場で検討して何時とのことでした。これらを参考に、県政の諸課題に取り組んでいく参考にしたいと思いました。以上、報告といたします。

2日目は、昨日見学した石見銀山公園に集合し、遠藤課長同行で現地ガイド(安立聖会長さん)の案内で、約1時間40分大森町内(当時のままの道幅「約4m」の道路の両側に、 町民屋敷や武家屋敷が建ち並ぶ街並みを、また、何か所もある銀発掘の近くにあった鉱山技師屋敷(遺構だけ)を見ながら、安立会長オリジナルの説明図柄や配置図(間歩の位置 など)などで、ユーモアたっぷりな身振り手振りを交えた詳細な説明を受けながら進みました。驚いたことに、安立会長さんは行程の大半が、私たちを正面にした後ろ歩きの説明 です。本人曰く「慣れれば前歩きと同じだ。」と、涼しい顔で笑っていました。  興味深い話では、世界遺産登録前の平成18年度までの年別入込客数では、約30万人でしたが、登録された平成19年度では年間約72万人となり、狭い道路に観光バスや一 般車の乗り入れで、地元住民の日常生活が大変だったとのこと。 しかし、その後は翌年度の約82万人をピークに減り続け、平成28年度の入込客は約32万人とのこと。 遺跡保存と観光振興との結びつきの再構築が、今後の課題のようでした。 最後は、この世界遺産登録の立役者の1人であり、町並み保存に大貢献をされている、中村ブレイス(株)中村俊郎社長「設立は1982年10月、業種は精密機械、事業内容 は義肢装具の製造で、2007年には第2回ものづくり日本大賞特別賞受賞など数多くの賞を受賞」所有の「なかむら館・迎賓館(大森町内にあった廃屋を再生)」に行き、中村社 長から「石見銀山遺跡に係る大森地区の町並み保存」にかける熱い情熱をお聞きしました。  子供のころに、父親から「将来役に立つよう何か身に付けること。」と言われて、20歳代で単身アメリカにわたり、身体不自由の方々が普通の暮らしができるための義肢装具の 技術を身に付けたとのこと。 日本の帰る際、生まれ育った故郷に戻りたいとの思いから、大森町内の廃屋寸前の小屋を手に入れて、努力しながら今日を迎えたとのこと。年々町内から人がいなくなることに 憂慮して、何とか自分の手で地域再生するとの思いから、毎年家屋を買いながら修復して、若い人たちに借家(安価な価格で)として提供し、これまでに約60戸の再生が完了している とのこと。この間、大田市でも再生に関して補助事業を創設して支援しているとのこと。  この「なかむら館」には、石見銀山に係る資料のほか、国内外の貴重な資料(大航海時代の世界地図に石見銀山が掲載されているものなど)を収集し一般公開しているとのことでし た。 私たちは、中村社長さんから心温まる話を伺い大変参考になりました。中でも、ご自身が編集した各種資料を参考にいただき、また、展示されている資料や義肢製造品(指や腕、乳 房などなど)の説明を受けるなど、時間が超過するほど熱心でした。  佐渡金銀山の世界遺産登録に関しても、このような熱くなれる人達が何としても必要だ。との思いで研修してきました。 感想としては、石見銀山遺跡全体が緑に覆われていて、自然の中に溶け込んでいることが第一印象でした。また、町並みの保存状態もよく。採掘場所へのアクセスにはガソリン車 などを排除している点も好印象でした。  歩いている途中に、発掘現場があったり建物の修復現場があったりしていて、奥の深さを感じたところです。  以上、報告といたします。