10月30日(火)午前10時に開会。冒頭に、藤山福祉保健部長から「結婚希望者の願いをかなえる支援(あなたの婚活)応援プロジェクト」について、また、「妊娠・出産・子育て環境の充実に向けた取組について」、続いて橋本産業労働観光部長より「結婚・子育てと仕事の両立に向けた取組について」更に、本間県民生活環境部長より「職場における女性活躍の推進」について、資料説明を受け質疑を行いました。これに対し小山芳元委員、富樫一成委員、佐藤卓之委員、秋山三枝子委員、安沢峰子委員、小島義徳委員から質問がありました。主な質問内容ですが、「各種婚活支援事業の成果をどのように評価しているか。」「コンピュータによるマッチングのどのくらい登録していて成果は。」「マッチングの内容が複雑で利用者に分かりにくいが。」「子育て支援センターの取り組み内容は。」「出会いサポート支援は、人の問題。五泉市では、世話役人でこまめに対応して成果を出している人がいる。」「男性の育児休暇取得優良事例が長岡市の会社にあるが、もっと情報提供すべき。」などです。これに対し、全体的には当局は関係部局が多いため、細部による調査や分析などが曖昧であると感じた。また、市町村との話し合いの場はあるとしたが、情報共有や連携にも今一つ工夫が必要に感じた。何れにしても、人口減少問題は県の最大課題として、一層の工夫が必要である。

10月19日(金)13時~16時30分の間、妙高市文化ホール 大ホールにて開催されました。大会会長の花角新潟県知事があいさつ、副会長の地元入村市長が歓迎あいさつ後、特別来賓として「高円宮久子妃殿下」の特別講演「鳥を通して地球環境を考える バードライフ・インターナショナルの活動」について、約30分貴重な写真などを織り交ぜて、ご講演をいただきました。続いて、工藤夕貴さん(BS NHKプレミアムドラマ「山女日記」主演女優)の特別講演「そこに山があるから~一歩一歩~」と題して、妙高山や火打山に登山した際の魅力などに熱弁をふるって紹介してくれました。続いて、ライチョウ会議議長 中村浩志氏(中村浩志国際鳥類研究所 代表理事)の基調講演「火打山のライチョウの現状と保護の課題」では、地球温暖化でライチョウの生息区域が、年々高山帯にいなかった、キツネやテン、シカやイノシシ、更に背の高いイネ科の植物の繁茂などの侵入で、高山植生の破壊などが進み、絶滅の危機に直面していること。特に近年、火打山の生息数が2018年には、6なわばり15羽と過去最低になっていること。絶滅回避には、早急に対策が必要であること。そのためには、生息観察などを多くのボランティアが必要なこと等の問題提起がありました。最後は、パネルディスカッションが行われました。これまで時間超過があり縮小して開催されました。コーディネーターは中村浩志氏、パネリストは4名で長野康之氏(国際自然環境アウトドア専門学校 専任講師)、ビル ロス氏(ダンシングスノー代表)、小川結衣氏(ライチョウ調査ファンクラブ)、奥山正樹氏(環境省信越自然環境事務所所長)が、それぞれの立場で火打山のライチョウ保護に対する考えを述べられました。
 会場には、約1,000人(全国各地からライチョウ保護に関係する人達や、市内各中学生代表など)が熱心に講演を聞いていました。高円宮久子妃殿下が、ご帰京のためご退席される折に、外は土砂降りの雨と大きな雷(開会前は好天でした)が1発轟きました。
印象に残る一日となりました。

平成30年9月10日(月)~14日(金)の日程で、香港とタイを訪問しました。
団長は岩村良一副議長、他9名(自民党6名、未来にいがた2名、無所属1名)と事務局から2名、通訳兼添乗員1名のメンバーです。

 

初日と最終日は移動日となります。実質3日間で進出企業や領事館などを訪問しました。

香港では、11日は「久保田米業」「在香港日本国総領事館表敬訪問」「インベスト香港」12日は「JNTO香港事務所」を訪問し、本県とかかわりのある「新潟米」や「日本酒」等の県産品輸出の現状と将来性について、また、香港の総人口約740万人のうち、毎年訪日する人が「約220万人」に達し、中でも10回以上のリピーターがいるとのこと。残念ながら、本県も輸出やビジネス、観光誘客に力を入れているが、他県に比較して最低クラスの実績であり、特に西日本に対し大きく差を広げられていることが明確に判明しました。

世界各国から、毎年香港へ約5,000万人以上が訪れるとのこと。更に、ここに来て、中国との間で高速鉄道が結ばれ、マカオとは橋で結ばれるなど大幅に時間短縮されることから、今後一層人との交流が増えて、観光やビジネスなどに期待が持てることを肌で感じたところです。

 訪問での感想ですが、空港から市街地への移動の際、車中から見る景色では林立する高層ビル群、おびただしい自動車の大半が日本車で、しかも殆ど小型車は見られず高級車ばかり。港には、数多くの船とガントリークレーンが林立し活力を感じました。
 注目すべきは、建築中の工事現場で使用されている足場は、全て孟宗竹でした。これで高層ビル建設をするなど日本では考えられないことです。

また、食文化の違いで殆どが外食で、しかも冷たい食品を好まないそうです。久保田米業では、これまでの輸入米は香港人の口に合わず敬遠されていたそうですが、現地で精米することにより食味も良好で、最近は、日本食ブームとおにぎりが人気とのことでした。イベントでは、日本酒の酒の陣に大勢の人たちが集まるそうです。
 意見交換では、訪日のリピーターの大半が都会志向から田舎志向に変わっていて、その中でも移動手段はレンターカー利用者で、レンターカー会社に本県の観光などのパンフを置くことも必要とのことでした。また、中国への進出を計画しているのであれば、香港経由が有利とのこと。利益の日本への持ち込みが認められているそうです。

 タイに異動して、「タイ福田組」「エンドウタイ」「JNTO事務所」「JETRO事務所」を訪問し、本県から進出している「福田組」と「遠藤製作所」などから、進出の経過と現状、今後の対応をお聞きしました。

 空港から市街地に向かう高速道路は、片道5車線と広く、ここでも大半が日本車でした。市街地に入るとバイクも多く、しかもオレンジ色のチョッキを着ているバイクは、後ろに人を乗せて走るタクシーでした。大混雑の狭い中を巧みにすり抜けて走る技量にはビックリです。道路の歩道上では、所狭しと屋台が出ていて大勢の人達が食事をしていました。申し訳ないけれど、不衛生な感じでとても食べる気がおきません。交通信号も横断歩道もありますが、無視する人が慣れていない多く、日本人には危険で無理だと現地案内人が言っていました。また、犬やトカゲは宗教の関係で殺傷してはいけないそうです。
 市街地には、至る所で電線が何十本も束になっていて、多くは盗電とのことでした。これも危険極まりないと思いますが、一方では金融や貿易、企業進出、観光産業などが活発で、今やシンガポールを上回る状況で、そのギャップが理解できない事でした。但し、バンコク周辺は土地も人件費も進出メリットが無くなりつつあり、訪問先での話では、今後は地方への展開となるとのことでした。
 今回は2か国の訪問で感じたことは、これまでの本県の対外関係では、主に北東アジアもしくは東南アジアに主力を置いた展開でしたが、今後は、東アジアへのシフトも大切であり、戦略の練り直しと人的交流による情報交換が不可欠だと思いました。
 最後に、今回の訪問日程は大変厳しく、初日は香港着が真夜中となり、翌日からの訪問先も移動時間が長く、最後の日も早朝4時にホテルを出発するなど、体力勝負の内容でしたが、日本と外国の違いを体験できた貴重な時間を、今後の県政に活かせるよう努力していくつもりで、私の報告とします。なお、私はSNSでも一部報告済みですが、詳細は報告書として作成されますので、後日拝見していただきたいと存じます。

9月6日(木)~7日(金)の日程で、人口減少対策に取り組んでいる企業や学校等を視察してきました。
 なお、私は6日午前中、3か月に1回の検診日と重なり、午後からの参加となりました。
最初は、燕市にあります・株式会社サマンサハートで、「県内で起業を志す女性のための起業支援について」代表取締役・高橋真由美さんから話を聞きました。設立は2008年10月、資本金300万円、従業員7名で、事業内容は主に、・女性向け集客及び販売促進のマーケティングコンサルタティング、イベントサポート事業・サロンマーケティングサポート事業・ネイルサロン事業・スモールビジネスサポート事業・グラフイックツール作成、WEB広報事業などです。代表は、社員時代の営業経験を活かして、働きたくてもできない女性のために、自分の時間にあった起業化を目指す支援をしているとのこと。起業準備時のサポート、起業してからの運営サポートで、経済産業省から起業応援サポーターとして、県内企業初となる認定・登録されたとのこと。

 次は、聖篭町にある・学校法人国際総合学園 JAPANサッカーカレッジで「サッカーを活用した人口流入促進の取組について」学校長・中村勉さんから説明を受けました。設立は2002年(廃校舎を利用)学科と定員は・サッカー専攻科50名・女子サッカー専攻科10名、マネージャー、トレーナー科25名・サッカートレーナー専攻科15名・コーチ、審判専攻科20名・サッカーコーチ研究科10名・サッカービジネス科40名・サッカー研究科20名で、校訓は(挑戦する)(理解する)(進歩する)(システム・羽ばたく)で、高校と専修学校となっています。在校生の9割以上が県外出身者で、全員が町内に寮生活(民間アパートを借り切る)を送っていて、これが人口増の一因であるとのこと。買い物などの貢献度や地域と密着した活動(町内3つの小学校との交流、各自治体との地域行事などへの参加で活性化を図っているとのこと。同校からは、J1リーグやJ2リーグ等に多くの選手が所属していて、大変人気が高いそうです。


 
7日の午前は、新発田市にある・さくら通り保育園で、設置者である・新発田食品工業団地協同組合の代表者や事務局長、保育園の運営主体である・社会福祉法人くじら代表者などから「工業団地内における働きやすい環境づくりを目指した企業主導型保育について」説明を受けました。開園は、今年4月2日、定員は0歳児3名、1歳児8名、2歳児8名の合計19名(現在は、11名)で、職員構成は園長・保育士・栄養士・調理師・事務員です。企業主導型になった経緯は、人手不足対策の一つとして、女性の子育て支援で働きやすい環境づくりを目指したこと。利用しやすいように、保育料を月額6,000円(企業外の入園は月額15,000円)としたこと。また、おむつと着替え以外は全て園で用意したこと。なお、団地内の起業11社で園の運営費を支援しているとのこと。園名は、工場団地内の中心地にある事務所敷地内に、国の制度を活用して新設されたものです。園内を見学した際には、幼児たちが元気にお絵かきをしたり遊んでいました。
 

昨今の人手不足と人口減少問題が、同時に起きている現状に違和感を感じたところです。

9月1日(土)午前10時30分より、同校体育館で式典が挙行されました。入村市長はじめ歴代の校長や地元区長さん等来賓36名(私も)と元教職員18名、現職の教職員や保護者など総勢約100名が参加し、約30分の式典でした。現在の児童生徒数は38名(小学部9名、中学部9名、高等部20名)で、昨年8月29日より廃校となっていました旧斐太南小学校に、市内錦町校舎移転から移転し開校となったものです。40年の歩みでは、昭和35年4月1日・旧三和村美守小学校及び上美中学校にしき学園分校として開校、昭和51年8月1日に旧新井市錦町(旧野田岡寺でしたが、大字名を変更)に移転、平成17年4月1日に合併により妙高市立にしき特別支援学校に変更。その後保護者から高等部設置の要請があり、本来ならば県が開設すべきところ、妙高市がかわって平成22年4月6日に開設したものです。しかし、校舎の老朽化と児童生徒の増加により、校舎の耐震化など問題が起こり、その際、幸いにも旧斐太南小学校区の児童数激減により、廃校となっていた校舎が再活用されたものです。私も、この小学校が母校であり学校存続となって大変うれしく思う一人であります。式典後は、総合支援学校となり新しい校歌を作詞作曲された、市内在住の「歌手・高木いくの」さんによる、記念コンサートが催されました。彼女は、1997年に2ndシングル「片思い」で優先新人賞を受賞された程の有名なポップ歌手とのことでした。午後1時3分から場所を妙高市コミセンで祝賀会が催され、年代の校長が思い思いの話をされ、会を盛り上げてくれました。

久しぶりのブログです。最近は、SNSでの情報発信が中心で、ご無沙汰していますが、機会を見つけてブログを記載します。よろしく。